9 06, 2006
親子で長く使える道具
昨年買ったばかりの腕時計が壊れてしまいました。不注意で落としてしまったのですが、余りにあっけなく壊れてしまったのでショックです。新しいのを買うには予算が無いし困っています。ケータイがあるからいいかとも思うのですが時計は腕に無いと見難くてしょうがない方なのでやはり必要です。修理を出すにしてもどうしていいやらです。
そう思っていたら、先日の鍬の修理イベントでお客様が修理依頼された基準は何だったのかとふと考えてしまいました。『修理の金額が妥当だから』『もったいないから』etc。お客様と話をしていていくつか仮説は立てることができます。
そのなかで言えることは価格では無い明らかな価値。修理したい理由である価値がその鍬自体に在ったという事です。『作りがしっかりして重宝に使っている』『父親が使っていて譲り受けた』など長く使えた鍬だったんでしょうね。簡単に捨ててしまうことができないくらいの時間がそこにあったのかなーと思えるのです。
私の時計も、もう少し長く使えたら躊躇無く修理に出しているんでしょうね。迷っているのは『この程度で壊れてしまうんだったら安物なのかな』と思っている自分です。時間が価格に勝てないでいます。
日々の「ものづくり」には日々の暮らしがいろんな示唆を与えてくれると感じています。
投稿者 godos : 2006年09月06日 09:57
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