10 02, 2008
「越後三条鍛冶まつり2008」を終えて
本年2月末から実行委員会を立ち上げ、9月28日(日)に無事開催を終えることが出来た「越後三条鍛冶まつり」。主催者発表9500人の来場をいただき、大いに賑わいを見せた。
私事、鍛冶まつりが終わり疲れが今頃出てきたようだ。体調が戻りまつりの印象が薄れてしまう前に、このまつりにかかわったいきさつや、実行委員会の問題点その他気が付いた事を思いつくままに書き綴ってみよう。
〈プロローグ〉
三条商工会議所青年部の幽霊会員だった私のところへニコニコしながら突然須佐会長がやってきたのが年明け早々。彼とは(社)燕三条青年会議所で切磋琢磨した間柄。次年度(20年度)商工会議所青年部の会長職を受けた彼が私のところに来た理由はまもなくわかった。断る理由を見出せないまま、係わる意欲の無かった青年部の委員長職を受けるはめになった。それも卒業の年に(45歳定年制)。あと一年とぼけていれば十分に義理を果たせたはずだったのに。
それから数日後、三条市商工観光課から電話があった。電話の主は課長補佐の青木さん。その後苦楽を共にすることとは露知らず電話に出た。三条市産業祭イベント実行委員会に参加してくださいという内容。これは須佐会長から聞いていたので躊躇無く引き受けた。
2月25日(月)に第一回実行委員会が開催され、気が付いたら実行委員長ということになってしまっていた。
投稿者 godos : 2008年10月02日 08:20